印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |


愛宕公園から発信する まちづくり活動情報

郡上八幡にある「空き家」が里山と人里の人々を繋ぐ「待ち屋」へと成ること。
この協和を通じて、人々が豊かに暮らす地域再生の一助となることを夢見て。

IMGP3866-4f30f.jpg

疲弊していく「まち」の風景と

 長引く不況は経済を疲弊させ、少子高齢化は、地方にある資源が放置されること、いわゆる「空き家」といった現象と風景が拡がっています。
 人の暮らしはその活力によって古きものを活かし、また取り壊されても新たなる創造によって循環されるものです。その営みによって形成される風景が廃れていくことは記憶喪失やアルツハイマーといった病状にも例えることができます。この問題が放置されれば暮らしのなかにある豊かさを持続していくこと、つまり人々のの想いや記憶を伝承していくという根源が失われていくのです。

8140275.jpg

空き家から

 「空き家」が放置される原因にはいくつかの要点が考えられますが、地域や暮らしの活力の低下は、それを活かしたくともできないほど体力が衰え、放置されることでさらに活用のための相続など措置、解決策を複雑化させています。また、活かされることによって見出される価値の創造の取り組みのためには、むしろ根気と力が必要とされています。以前のように持ってさえいれば評価額に伴った売買や収益が得られる時代は終焉しました。「空き家」の価値は、活用されてこそ維持されるのです。

DSC03059.jpg

待ち屋へと

 放置された「空き家」は、ただ空いているだけでは価値はありません。きちんと整備すること、つまり”待っている状態”とすることで評価され価値が生まれます。なおかつ「空き屋」から「待ち屋」へと意味を変えるためには”中間にある仕組み”が所有者と利用者の不都合を結びなおすこと、この”中間の仕組み”が信用(ツテ)として機能することが必要だと考えます。さらにこの取り組みには、修繕など活用のためにすぐに必要な資金、そして運用によって継続的に運営していくための資金といった、相互の立場を結ぶための”仕組み(基金)”と組織を構築することが必要です。

SANY0991.jpg

そして町屋へと

 「待ち屋」は人の営みがあって再び「まち」を織りなす「町家」となります。そのためには郡上八幡だけではなく、内外の人々の出会いが求められます。郡上八幡は城下町としての文化を基盤に人・物の集積による豊かさを拡げることができる場所のひとつです。数々の交流をキーワードとする取り組みとも参画することで「待ち屋」は郡上八幡の「まち」の風景を守ること、活き活きとした「まち」となることを願うのです。